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両親

環境のせいにしたくないけど自分の人生や性格は環境の影響が大いにあると思ってしまう。

両親の夫婦仲が全く良くなく、毎日喧嘩。

母は子供に味方であることを求め、父は教育に無関心で休みの日はパチンコに行くか家でゲーム。

基本的に自分にしか興味が無い父親だった。

最近知ったけど、母との結婚祝いや誕生日などの祝い事も一切母へしてあげなかったらしい。

父親の仕事の稼ぎが、経費に取られほぼプラマイゼロなので母は余儀なく働きに行かねばならなく、フルタイムで夜帯に工場働きをしていた。

体もクタクタでお金を稼ぐことしか考える余裕がなく、子供への教育など考える暇も無かったに違いない。

昼は父親の自営業で手伝いをし、昼の空いた時間に仮眠を取り、夜も働きに出かける。

朝帰って来てすぐに寝て、また自営業の手伝いに行く。

睡眠時間は多分平均4時間くらい。

そんな母が頑張って作ってくれた料理に父親は無遠慮に「美味くない」「またこれか、飽きたな」「飯まだか?」と文句を言う。

家事の手伝いもせずにご飯ができあがるまでどっかりとテレビの前に座っているだけ。

母は父親に反論出来なかったらしく、我慢して何も言わないから、いつもそれを聞いて私が父親にキレて怒っていた。

子供の言うことは不思議と聞くのに、母には思いやりを持たなかった。

子供の頃は私は殆ど忙し過ぎる母とまともにコミュニケーションを取った覚えがなく、いつも家には誰も居なくて、父親も毎晩飲みに行くかパチンコなので家は空っぽ。

仮に両親揃っていてもちょっとしたことがきっかけで喧嘩が始まる。

小学校低学年の頃、私は学校でイジメにあって登校拒否を起こして、父親によく「喧嘩になるのはお前のせいだ」と言われていた。

喧嘩のとばっちりを受け、母からもあんたが学校行かないから!とヒステリックに物をぶつけられることもあった。

自分の家に居るのが嫌で友達の家によく泊まりに行ったり、友達の家の方が居心地が良く、遅くまで家に居させて貰ったりしていた。

優しいお母さん、しっかり稼いでくれるお父さん、楽しい兄弟。

人の家ってどうしてこんなに暖かいんだろうと思ってた。

母から、結婚は必ずしも幸せになれるわけではない、相手次第で不幸にもなる、結婚はあえて勧めないと教えられ、「夫婦」というものにどこか冷めた気持ちを持ち、男性にも不信感を持ってしまい、いつしか私は男性恐怖症になった。

まともに男性と付き合える様になったのは30近く。

それでも色々な人を見て来たわけではないから、見る目も乏しく、自分は良い人を選んだのか、それとも間違った選択だったか、未だに分からない。

両親の不仲や殺伐とした家庭環境のトラウマがあるので、子供を産むことにもとても抵抗がある。

冷たく荒んだ家庭環境は、子供の人生を潰してしまう。

それが怖くて、そうならない様にしたくて旦那にも訴えるけども、楽観主義者な旦那は今さえ良ければ思考で理解できない様で、喧嘩になる。

幸せに生きられる考え方を模索して真っ暗闇の中手探りで歩いている様な感じだ。

因みに父親が亡くなる寸前で、父親は心が入れ替わったのか、別人の様に優しくなり、母を労わる様になった。

毎日夜中に起きて一人考え事をして、たまに「俺はバチが当たったんだ」と悔いる言葉を吐いていた。

父親が癌になって弱って人が変わったことで、母は父への恨みや怒りは無くなり、穏やかな人に変わった。

人は一度痛い目にあったり大病したり、弱ってみないと大きくは変われないのだと思う。

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